カマキリが獲物を見つめ、鎌のような前脚を放つ。その一撃を支えるのは、前を向いた左右の複眼による立体視です。頭を回して獲物を正面にとらえ、左右の見え方のずれを距離の手掛かりにします。ただし、ヒトと同じ情報を照合しているわけではありません。研究では、明るさが時間とともに変化する場所を使う仕組みが示されています。
頭を動かし、よく見える場所へ獲物を入れる
複眼は、小さな眼である個眼が集まった器官です。カマキリでは左右の複眼の視野が正面で重なり、同じ獲物を少し違う方向から見ることができます。この像の位置のずれが「両眼視差」です。頭を向ける動きが照準合わせを担い、両眼視差が距離判断を支えます。
複眼の見え方は、どの場所でも一様ではありません。正面側には、細かな違いを見分けやすいフォベア、またはアキュートゾーンと呼ばれる領域があります。獲物を追う際には、頭をすばやく向け直す「サッケード」によって、像をこの領域へ近づけます。ヒトの眼球運動とは異なり、頭ごと視線の向きを変える動きです。
Rosselの研究では、複数の動く標的に対し、頭の向きを段階的に修正して標的を注視する様子も調べられました。頭を振るのは単なる見回しではなく、獲物を選んでとらえる過程の一部です。前脚が届く範囲かどうかの判断には、そこから得られる両眼の情報が使われます。[頭の動きと両眼視の研究]
プリズムと小さな眼鏡で距離判断を確かめる
立体視を示した古典的研究が、1983年のRosselの実験です。複眼の前にプリズムを置き、実際の獲物の距離と、両眼視差が示す距離を食い違わせました。その結果、距離判断に系統的なずれが生じ、カマキリが両眼視差を利用することが示されました。片眼を隠して捕獲が減ったというだけでは、距離判断と獲物への注意のどちらが損なわれたのか区別しにくいため、この操作が重要でした。[Rosselのプリズム実験]
2016年には、ニューカッスル大学の研究チームが青と緑のフィルターを使った小さな眼鏡を装着し、左右の眼へ別々の映像を見せました。画面そのものは物理的には遠くにあっても、標的が前脚の届く近さにあるような視差を与えると、前脚を出す反応が増えました。映像への反応を比較することで、両眼視差による距離判断を確かめたのです。[昆虫用3Dシアターの実験]
ヒトとは何を照合するかが違う
2018年の研究では、背景に紛れた動く点模様の標的を提示しました。左右の細かな模様が一致しない条件でも、カマキリは捕獲範囲を示す視差に応じて反応しました。一方、同様の課題でヒトの立体視は大きく妨げられました。
結果が支持するのは、左右の明暗模様そのものではなく、明るさが変化している領域の位置を照合する仕組みです。ヒトのような模様合わせに依存せず、動く獲物の距離を判断できると考えられます。ただし、これは特定の実験種と映像条件で得た結果です。静止した対象でこの立体視が働く証拠は示されていませんが、静止物がまったく見えないという意味ではありません。[時間変化を調べた研究]
カマキリの基本情報
| 分類 | 昆虫綱・カマキリ目(Mantodea) |
|---|---|
| 主な食べ物 | ハエやバッタなどの昆虫。鎌状の前脚で捕らえる |
| 成長 | 不完全変態。若虫が脱皮を重ねて成虫になる |
| 卵 | 泡状の分泌物が固まった卵鞘(らんしょう)に包まれる |
以上の基本情報はウィスコンシン大学の解説によります。
一撃の前にある、照準と距離の判断
カマキリの狩りは、頭を向ける動き、よく見える複眼の領域、両眼視差の利用がつながった行動です。頭の動きだけで距離を測るのでも、明るさだけで遠近を決めるのでもありません。獲物を正面にとらえ、左右で時間変化が起きる位置を比較することが、前脚の届く距離を判断する鍵になります。
参考資料
各節のリンク先に、Rosselの古典的研究、Nityanandaらの立体視実験、大学による生態解説を掲載しています。

