シロアリの塚と、ジンバブエ・ハラレのイーストゲート・センターの関係は、「虫の建築をそのままコピーした」という単純な話ではありません。塚が少ないエネルギーで空気を動かすという発想を、建築家ミック・ピアースが大規模な商業・オフィス建築へ応用した例です。一方、塚内部の空気が動く理由については、設計当時に重視された温度差による対流と、その後の観測で示された外部の風の働きを区別して理解する必要があります。
シロアリの塚は何をしているのか
シロアリは土や自らの排泄物などを材料にし、種類によっては塔のような塚を築きます。オーストラリア北部に生息する Cathedral termite(Nasutitermes triodiae)の塚は、確認記録で最高約8メートル。体長との比率に置き換えると、人間が高さ828メートルのブルジュ・ハリファを4本重ねるほどに相当するといわれます。
重要なのは高さだけでなく、内部に通路のネットワークがあり、空気を通す構造になっていることです。地下の巣や、種によっては共生菌を育てる場所では、集団の呼吸によって酸素が消費され、二酸化炭素が生じます。そのため塚は単なる雨よけではなく、巣内と外気のガス交換を助ける構造として研究されてきました。TurnerがアフリカのMacrotermes michaelseniを調べた査読論文では、風速・風向の時間的な変化が、空気を往復させる「潮汐的な換気」の重要な動力だと報告されています。
イーストゲートの設計と、後から分かったこと
1996年に完成したイーストゲート・センターは、ピアースとArupらが手がけた複合施設です。塚の通気に着想を得て、日射を遮る外装、熱を蓄えて室温変化を緩やかにするコンクリートなどの大きな熱容量、給排気シャフト、低消費電力の大型ファンを組み合わせました。低い位置から取り込んだ空気を建物内に送り、温まった空気を上部から排出する設計です。完全に機械を使わないのではなく、建物の形と素材にファンを補助的に組み合わせている点も大切です。
Arupは、同程度の一般的な空調建築と比べ、暖冷房に使うエネルギーを90%削減したと説明しています。「換気エネルギーが約90%少ない」「比較対象の約10%で済む」と紹介されることもありますが、比較条件や対象項目によって数字の表現は変わるため、あくまで設計者・関係者が示す比較値として読むのが適切です。
設計時のモデルは、塚の中心と外側の温度差が対流を起こすという考え方でした。しかしTurnerらの後年の調査では、少なくとも調査対象のM. michaelseniでは、自然対流だけで一方向に循環し続けるという説明は支持されず、外部の風の変動が酸素と二酸化炭素の交換を動かす重要な要因だと示されました。さらに別種の塚では、昼夜の温度変化による流れを示す研究もあります。つまりイーストゲートは、後に確定した「塚と同じ原理」を再現した建物ではなく、当時の理解を含む生物学的な発想から、建築に適した仕組みを作った例なのです。
よくある誤解と比較
- 塚の中は常に一定温度:塚は温度やガス環境を調整しますが、変動がゼロという意味ではありません。
- すべての塚が同じ換気方式:開口部、内部構造、気候が異なり、風・日射・温度差の寄与も種や条件で変わります。
- イーストゲートは無空調:一般的な冷房装置への依存を抑えた設計ですが、空気を送るファンなどは利用します。
- 外見をまねた建築:中心にあるのは塚の形の模写ではなく、通路、熱容量、空気の流れを利用するという機能上の着想です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| シロアリの分類 | 昆虫綱・ゴキブリ目(かつてはシロアリ目として扱われた) |
| 生息地 | 世界の温暖な地域を中心に分布。塚の形や大きさは種と環境で異なる |
| Cathedral termite | Nasutitermes triodiae。オーストラリア北部に大型の塚を造る |
| 塚の高さ | Cathedral termiteでは確認記録の最高約8メートル |
| 建築 | イーストゲート・センター(ハラレ、1996年完成) |
| 設計 | ミック・ピアース。Arupが構造・機械・電気設備を担当 |
まとめ
シロアリ塚からイーストゲートへ渡されたのは、完成済みの設計図ではなく、「形と素材で空気や熱を制御できる」という問いでした。後の研究で塚の説明が修正されても、自然を観察して省エネルギー建築の選択肢を広げた価値は失われません。むしろバイオミミクリーは、生物を美化してコピーすることではなく、観察結果を更新しながら人間の条件に翻訳する営みだと分かる事例です。
参考資料
- J. Scott Turner, “On the Mound of Macrotermes michaelseni as an Organ of Respiratory Gas Exchange”
- PNAS, “Termite mounds harness diurnal temperature oscillations for ventilation”
- Arup, Eastgate project
- Mick Pearce, Passive Cooling Architecture
- Northern Territory Government, “Termite Homes”


