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トンボはなぜ獲物を先回りできるのか

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昆虫・クモ形類
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頭の大部分を占める複眼、自在に動く4枚の翅、獲物の行き先へ回り込む迎撃飛行。トンボは目の前の虫をただ追うのではありません。標的を捉えながら、自分と獲物の動きを予測して進路を整えると考えられています。その捕食生活は水中のヤゴの時代から続いています。

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巨大な複眼は何を見ているのか

成虫の複眼は片方でおよそ2万4千個の個眼からなり、種類によっては2万8千個を超えます。複眼は頭のほぼ全体を覆い、大型のヤンマでは左右が頭頂部で接します。視野はほぼ360度とされ、前面には明暗や姿勢の把握に関わる3つの単眼もあります。

複眼には領域ごとの機能差があり、空を背景にした小さな標的の検出などに適応しています。ヒトの色覚が3種類のオプシンを基礎とするのに対し、Futahashiらはトンボ類で種により15~33個のオプシン遺伝子を報告しました。ただし、遺伝子数がそのまま「見える色の数」を意味するわけではありません。紫外線への感受性や偏光視も報告され、空・水面・地上を見分ける視覚の一部と考えられています。

追跡ではなく、進路を読んで迎え撃つ

Olbergらは野外で撮影した捕獲飛行を解析し、トンボが獲物の現在位置を後ろからなぞるのではなく、網膜上で獲物の像の動きを小さく保ちながら交点へ向かうことを示しました。自然に近い屋外施設で多数の捕獲飛行を調べたCombesらの研究では、成功率が獲物の密度や光、獲物の不規則な旋回によって変わることが示されました。「常に9割成功する」という固定値ではなく、条件依存の成績として読む必要があります。

さらにMischiatiらは、自由飛行中の頭・体・獲物を三次元追跡しました。頭は獲物を視野の鋭敏な領域に保つよう予測的に回り、体が獲物の飛行方向へ整えられました。予想外の動きには視覚的な修正も加わります。結果は、自身と獲物の動きを見積もる「内部モデル」で迎撃の大部分を制御するという説明を支持しますが、意識的な計算を示した研究ではありません。

水中から空へ続く捕食生活

トンボ目はさなぎを経ない不完全変態で、卵、幼虫、成虫と育ちます。水生の幼虫「ヤゴ」は、折り畳んだ下唇(仮面)を伸ばして小動物を捕らえます。不均翅亜目のヤゴは腹部内の直腸えらで呼吸し、水を噴き出して素早く逃げることもできます。幼虫期の長さは種や環境で大きく異なり、数か月から数年に及びます。

成虫は4枚の翅の角度や速さを個別に調節し、ホバリング、後退、急旋回を行います。この飛翔や視覚は、小型飛行体や動体検出の研究材料にもされていますが、製品が同じ原理で動くとは限りません。

よくある誤解と見分け方

トンボとイトトンボ

いずれもトンボ目ですが、一般にイトトンボ類(均翅亜目)は細身で、静止時に翅を背上で閉じます。狭義のトンボ類(不均翅亜目)は比較的がっしりし、翅を開いて止まります。例外もあるため、体形、複眼の間隔、翅の形を合わせて見ます。ムカシトンボ類を独立の亜目とする伝統的な3亜目分類もありますが、現在は2亜目とする体系もあります。

人を刺す、耳を縫う?

トンボにハチのような毒針はなく、「耳を縫われる」は俗説です。捕まえて口元に指を近づければ大あごでかむ可能性はありますが、毒針で人を刺す昆虫ではありません。また石炭紀のメガネウラ類は、現生トンボそのものではなく、近縁の絶滅グループです。

トンボの基本情報

分類・種数 トンボ目。日本は約200種、世界は約6,000種。分類・集計時点で変動する
生活環 不完全変態。ヤゴは主に淡水で暮らし、成虫期は種により数週間程度のことが多い
渡り ウスバキトンボは海を越える長距離移動が研究されている。旅は複数世代にまたがると考えられる
身近な移動 アキアカネは平地で羽化後に山地へ移り、秋に平地へ戻って産卵し、卵で越冬する
保全 2021年のIUCN評価では6,016種の16%が絶滅危惧。湿地減少、農地化、都市化などが主因

ウスバキトンボの移動経路には未解明な部分が残ります。一方、日本へ長距離移動したことは安定同位体研究でも支持されています。アキアカネが夏に山地へ移る理由も、高温回避が有力とされますが一律ではありません。トンボを守るには成虫の飛ぶ空間だけでなく、卵とヤゴが育つ水辺が欠かせません。ラムサール条約資料では、世界の湿地は1900年以降64%以上失われたと推定されています。

まとめ

トンボの狩りは、広い視野、領域ごとに特化した複眼、予測を含む頭と体の制御、独立性の高い4枚の翅が組み合わさった行動です。水中でも空中でも捕食者であり、渡りをする種もいます。その高度な能力を知ることは、同時に、暮らしを支える湿地や水田、流れのある川を残す意味を知ることでもあります。

参考資料

  • Futahashi, R. et al. (2015), “Extraordinary diversity of visual opsin genes in dragonflies,” PNAS 112(11): E1247–E1256.
  • Olberg, R. M., Worthington, A. H. & Venator, K. R. (2000), “Prey pursuit and interception in dragonflies,” Journal of Comparative Physiology A 186: 155–162.
  • Combes, S. A. et al. (2012), “Linking biomechanics and ecology through predator–prey interactions,” Journal of Experimental Biology 215: 903–913.
  • Mischiati, M. et al. (2015), “Internal models direct dragonfly interception steering,” Nature 517: 333–338.
  • Hobson, K. A. et al. (2021), “Long-Distance Migration of the Globe Skimmer Dragonfly to Japan Revealed Using Stable Hydrogen Isotopes,” Environmental Entomology 50(1): 247–255.
  • IUCN (2021), “Dragonflies threatened as wetlands around the world disappear.”
  • Ramsar Convention Secretariat (2015), “Wetlands: a global disappearing act.”

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