
大きく開いた二枚の葉に虫が入ると、ハエトリグサは一瞬でわなを閉じます。しかし、葉に何かが触れるたびに反応しているわけではありません。捕獲にも消化にもエネルギーが必要なため、雨粒やごみで何度も閉じるのは不利です。そこでハエトリグサは、接触を電気信号へ変え、その回数や間隔から「動く獲物らしいか」を見極めています。
捕食の流れ:接触から「緑の胃」まで
1.感覚毛が接触を電気信号に変える
わなに見える部分は花ではなく、葉の先端が変化した捕虫葉です。左右の葉の内側には通常それぞれ3本ほどの感覚毛(トリガーヘア)があり、虫が毛を曲げると活動電位と呼ばれる電気信号が発生します。信号は捕虫葉を伝わり、閉鎖を担う組織へ届きます。
2.短時間に信号が重なると葉が閉じる
典型的には、約20~30秒以内に2回の活動電位が生じると捕虫葉が閉じます。最初の接触を短時間だけ保持し、次の接触が続くかを待つ仕組みは、動く獲物と偶然の刺激を見分けるフィルターとして働きます。
ただし、「必ず感覚毛へ2回触れなければ閉じない」と言い切るのは正確ではありません。2020年の実験では、感覚毛がゆっくり大きく曲げられるなど、1回の接触中に2つの活動電位が発生すれば、1回の刺激でも閉じ得ることが示されました。重要なのは接触の見かけの回数より、閉鎖の基準を満たす電気信号が生じたかどうかです。
3.最初は隙間を残し、獲物が暴れると密閉する
閉じた直後、葉の縁に並ぶとげは格子のように組み合わさります。小さすぎる獲物なら隙間から逃げることがあり、消化に見合わない相手へ費やすコストを抑えられると考えられています。一方、捕らえられた虫が動き続けて感覚毛を刺激すると活動電位が重なり、葉はさらに強く閉じて内部を密閉します。
4.消化液を出し、養分を吸収する
繰り返される電気信号は、植物ホルモンのジャスモン酸系を介して消化の準備を進めます。研究では、2回目の刺激後にこの経路が活性化し、さらに刺激が増えると消化酵素や養分輸送に関係する遺伝子の発現が高まることが確かめられています。内側の腺から酸性の消化液が分泌され、タンパク質などが分解された後、窒素やリンを含む養分が吸収されます。いわば、閉じた葉全体が一時的な「緑の胃」になるのです。
虫は「エネルギー源」ではなく不足する養分の補給源
ハエトリグサも緑色の植物なので、太陽光を使って光合成を行います。虫だけを食べて生きているわけではありません。原産地は米国ノースカロライナ州・サウスカロライナ州の一部にある、日当たりがよく湿った、土壌養分の乏しい環境です。虫から得る窒素やリンなどは、そうした土地で不足しやすい成長材料を補います。
| よくある疑問 | 要点 |
|---|---|
| 葉に1回触れただけで閉じる? | 通常は閉じず、短時間に2つの活動電位が必要。ただし1回の長い刺激で2信号が生じる例外はある。 |
| 虫を食べてエネルギーを得る? | エネルギーの基本は光合成。虫は主に不足しやすい無機養分の供給源。 |
| 閉じたらすぐ消化する? | 獲物の継続的な動きが追加信号となり、密閉や消化液分泌を段階的に促す。 |
| 指で何度も触ってよい? | 閉鎖にはコストがかかるため、観察目的でも不必要な刺激は避けたい。 |
動画で捕食の瞬間を見る
閉鎖そのものは非常に速いため、動画では感覚毛に触れてから葉が反転するように閉じる瞬間に注目してみてください。その後も獲物の動きに応じて密閉と消化が進む点まで知ると、一瞬の動作が長い捕食過程の入口にすぎないことが分かります。
まとめ
ハエトリグサの捕食は、単純な反射ではありません。感覚毛への接触を活動電位へ変え、短時間に信号が重なれば捕虫葉を閉じ、獲物が動き続ければ密閉と消化へ進みます。接触の情報を段階的に利用することで、栄養の乏しい環境でも、貴重なエネルギーをなるべく無駄にせず養分を獲得しているのです。

