食虫植物なのに、成長すると虫よりも哺乳類の糞を重要な栄養源にする――ボルネオ島の山地に生えるネペンテス・ロウイイ(Nepenthes lowii)には、そんな変わった暮らし方があります。成熟株の空中にできる捕虫袋は、キノボリトガリネズミ(ツリーシュリュー)に蜜を与え、その排泄物を受け取る形に特化しています。植物が動物を一方的に「食べる」のではなく、双方が資源を交換する相利関係と考えられています。
蜜をなめると、お尻が袋の真上に来る
ロウイイの上位袋は、ふたの内側から蜜状の分泌物を出します。山地性のツリーシュリュー(Tupaia montana)がそれをなめるために袋へまたがると、後半身がちょうど袋の口の上に位置します。2010年の比較研究では、ロウイイ、ラジャ、マクロフィラの3種だけが、大きな開口部、ほぼ直角に立つ大きなふた、動物の体長に合う寸法を共有していました。偶然に糞が落ちるというより、捕虫袋の形そのものが訪問者の姿勢を導いているのです。
2009年の研究は、安定同位体比を使って窒素源を推定しました。その結果、調べた成熟ロウイイでは葉の窒素の57〜100%がツリーシュリューの糞に由来すると見積もられました。ただし、これは調査個体から得た推定範囲であり、すべての株が常に100%を糞に頼るという意味ではありません。若い株の地表近くにできる下位袋は、より典型的な形で節足動物も捕らえます。
一般的なウツボカズラは、どう虫を捕らえる?
ウツボカズラ属(Nepenthes)は、葉の先端が変化した袋を使う、ウツボカズラ科のつる性食虫植物です。多くの種では蜜などに誘われた虫が、袋の縁「ペリストーム」へ乗ります。2004年の実験は、ペリストームが濡れると連続した薄い水膜ができ、虫の足先が十分に接触できなくなることを示しました。これが「アクアプレーニング」と呼ばれる滑落機構です。すべての種・すべての状況が同じ仕組みだけに依存するわけではなく、内壁のワックスや消化液の粘弾性も種によって捕獲・保持に関わります。
袋の中は、植物が作る消化槽
捕虫袋の液には酸性条件でタンパク質を切るアスパラギン酸プロテアーゼ、ネペンテシンI・IIなどが含まれます。2004年にはネペンテス・ディスティラトリアの液から両酵素が精製され、約pH2.6で高い活性を示すことや、広いpH範囲で安定な性質が報告されました。未開封の袋の液にもプロテアーゼ活性があるため、消化力は微生物任せではなく、植物自身が酵素を分泌しています。
一方、開いた袋には細菌なども入り、粒子に付着した微生物由来とみられる酵素活性も検出されています。分解速度は獲物の大きさ、温度、種、微生物群集などで変わるため、「必ず数日から1週間で消える」と一律には言えません。また、虫や外骨格成分のキチンを与えた実験では、ジャスモン酸系のシグナルが増え、ネペンテシンやキチナーゼの遺伝子発現が誘導されました。つまり袋の液は固定された薬液ではなく、獲物の刺激に応じて消化関連の働きを変える動的な器官です。
基本情報
| 分類 | ナデシコ目・ウツボカズラ科・ウツボカズラ属 |
|---|---|
| 学名 | Nepenthes(属)、Nepenthes lowii(ロウイイ) |
| 分布 | 属はマダガスカル、熱帯アジアからニューカレドニア、オーストラリア北東部など。ロウイイはボルネオ島の山地 |
| 主な栄養源 | 多くの種は節足動物。成熟ロウイイの上位袋ではツリーシュリューの糞が重要 |
| 保全・取引 | CITESではN. khasianaとN. rajahが附属書I、その他のNepenthes属(例外規定を除く)が附属書II |
「珍しいから採ってよい」ではない
CITESの現行附属書は、カシアナとラジャを附属書I、その他のウツボカズラ属を原則として附属書IIに掲載しています。これは国際取引の規制区分で、IUCNレッドリストの絶滅リスク評価とは別制度です。IUCNでは種ごとに評価され、絶滅危惧カテゴリーの種もあれば低危険種もあるため、「属全体が絶滅危惧」とひとまとめにはできません。野生採集品を避け、由来の明確な人工増殖株を選ぶことが、生育地減少や園芸採集の圧力を増やさないために大切です。
まとめ
ネペンテス・ロウイイは、虫を落とす基本設計から出発しながら、成熟すると「蜜を渡し、糞を受け取る」装置へ捕虫袋を作り替えます。ツリーシュリューの体に合う形、糞由来窒素の同位体証拠、刺激に応じる消化酵素――その袋は単なる落とし穴ではなく、動物との関係まで組み込まれた精密な葉なのです。
参考資料
- Clarke et al. (2009), Tree shrew lavatories: a novel nitrogen sequestration strategy in a tropical pitcher plant
- Bohn & Federle (2004), Insect aquaplaning: Nepenthes pitcher plants capture prey with the peristome…
- Chin et al. (2010), Trap geometry in three giant montane pitcher plant species from Borneo is a function of tree shrew body size
- Athauda et al. (2004), Enzymic and structural characterization of nepenthesin…
- Yilamujiang et al. (2016), Slow food: insect prey and chitin induce phytohormone accumulation and gene expression…
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