雪の中で温泉につかる姿だけでなく、仲間から学んだ食べ方を群れの中で受け継ぐことでも知られるニホンザル。こうした行動は、寒さや食べ物といった環境への柔軟な対応であると同時に、誰と暮らし、誰から学ぶかという社会関係とも結びついています。ただし、すべてのニホンザルが温泉に入ったり、イモを洗ったりするわけではありません。特定の群れで生まれ、広がった行動だからこそ、動物の「文化」を考える手掛かりになるのです。
地獄谷の温泉入浴で何が確かめられた?
長野県・地獄谷野猿公苑の群れが温泉を使い始めたのは、1960年代に若いメスが屋外の温泉へ入ったことがきっかけとされています。その後、行動は群れのほかの個体へ広がりました。入浴は生まれつき全個体に備わった習性ではなく、利用できる温泉がある環境で社会的に広がった行動です。
京都大学などの研究チームは、成獣メス12頭を春と冬に観察し、入浴時間、気温、順位、攻撃行動などを記録するとともに、糞中グルココルチコイド代謝物(fGC)を測定しました。寒いほど入浴時間が長くなり、温泉をよく利用する個体ではfGC濃度が低い傾向が示されました。研究者らは、冬の体温調節を助け、熱損失やそれに伴う負担を抑える可能性があると解釈しています。
一方、この研究は特定の群れのメス12頭を対象とした観察研究です。「入浴すれば必ずストレスが下がる」と全個体へ一般化したり、温泉だけが数値を変えたと断定したりはできません。また、高順位のメスほど温泉を優先的に使えましたが、冬には攻撃的なやり取りが多く、fGC濃度も高い傾向でした。高順位には温泉へのアクセスという利点と、争いに関わる負担の両方があったのです。
幸島のイモ洗いはどう広がったのか
宮崎県の幸島では1953年、当時1歳半ほどのメス「イモ」が、研究者から与えられた砂の付いたサツマイモを水で洗う行動を始めました。行動はまず同年代の仲間や母親など、近い社会関係にある個体へ広がり、のちに若い世代で一般的になりました。やがて海水を利用する個体も現れ、砂を落とすだけでなく、海水に浸して口にする方法も観察されています。
ここでいう文化とは、遺伝だけでは説明できず、社会的な学習によって共有・維持される行動を指します。ただし、各個体が一対一で正確に「まね」した過程がすべて証明されたわけではありません。水辺にいる仲間へ注意が向くことや、同じ環境で自ら学ぶことも普及を助けた可能性があります。「百匹目を境に遠くの群れへ突然伝わった」という有名な物語は、幸島の観察記録が示した内容ではありません。
母系のつながりが支える群れ
ニホンザルは通常、複数のオスとメス、その子どもからなる群れで暮らします。メスは生まれた群れに残る傾向が強く、母、娘、姉妹などの母系血縁が長期的な関係の土台になります。毛づくろいは衛生だけでなく、親和関係の維持にも重要です。順位は単に一頭の「ボス」が全員を支配するというより、個体間の優劣関係や母系の支援が積み重なったものです。
対してオスは性成熟の前後に出生群を離れるのが一般的で、単独で移動したり、群れの外でほかのオスと行動したり、別の群れへ加わったりします。移出時期には個体差があるため、「必ず4~6歳で離れる」と固定的にはいえません。メスが残り、オスが移動する生活史は、群れの安定した母系関係と、群れ同士をつなぐ遺伝子の移動の双方に関わります。
ニホンザルの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 学名 | Macaca fuscata |
| 分布 | 本州・四国・九州と周辺島しょ。北限は青森県の下北半島 |
| 食性 | 果実、葉、種子、昆虫などを利用する雑食性 |
| 社会 | 複数のオス・メスからなる群れ。メスは出生群に残りやすく、オスは移出する傾向 |
| 文化的行動の例 | 地獄谷の温泉入浴、幸島のサツマイモ洗い |
まとめ
温泉入浴は寒冷環境での体温調節に役立つ可能性があり、幸島のイモ洗いは新しい行動が社会関係を通じて広がり、世代を越えて保たれる過程を示しました。ニホンザルはヒト以外の霊長類では世界で最も北に生息し、北限は下北半島です。その広い環境適応を支えるのは体の特徴だけではなく、試し、学び、仲間との間で行動を受け継ぐ柔軟さでもあります。


