
泥の中に地下茎を伸ばし、水面より高く葉や花を掲げるハス。目立つのは美しい花ですが、植物としての巧みさはそれだけではありません。葉は水滴を転がして汚れを落とし、花は開花中に熱をつくり、体内の空気の通り道は酸素の乏しい泥の中までつながっています。どれも、水辺で生きて繁殖するための仕組みです。
葉の水滴が汚れを連れ去る「ロータス効果」
ハスの葉を水が薄く覆わず、玉のようになって転がるのは、葉の表面が単に「つるつる」だからではありません。表面には肉眼では見えない微細な突起があり、さらにその上を水になじみにくいワックスの結晶が覆っています。この二段階の粗い構造によって、水滴と葉が実際に接する面積が小さくなり、水滴は葉に広がりにくくなります。
1997年、植物学者のヴィルヘルム・バルトロットとクリストフ・ナインハイスは、ハスを含む複数の植物を比較し、表面の粗さ、水をはじく性質、粒子が付着しにくい性質が組み合わさって自己洗浄が起きることを示しました。転がる水滴には、葉よりも汚れの粒子のほうが付きやすいため、粒子が水滴に回収されます。この仕組みは「ロータス効果」と呼ばれ、撥水塗料などの生物模倣技術にもつながりました。
ただし、「自己洗浄」は無菌になるという意味ではありません。また、油のように水とは性質が異なる汚れまで必ず落とせるわけでもありません。ハスの葉が持つのは、主に雨や水滴で付着粒子を落としやすくする仕組みです。
花は周囲より暖かくなる
ハスのもう一つの特徴が、開花期の花托などで呼吸を活発にし、自ら熱を生み出す「発熱」です。オーストラリア・アデレード大学の研究者は、気温が約10~45℃の範囲で変化しても、開花中のハスの花が多くの時間で約30~36℃に保たれた例を報告しました。動物のように常時一定の体温を保つわけではなく、開花の特定の段階に見られる現象です。
暖かい花は、香りの成分を放出しやすくしたり、訪れた昆虫に暖かい滞在場所を与えたりして、受粉に役立つ可能性があります。ただし、発熱の利益を一つだけに決めるのは慎重であるべきです。温度が調節されること自体は測定されていますが、それが受粉成功にどう作用するかには複数の説明があります。
泥の中の地下茎へ空気を届ける
池底の泥は水で満たされ、空気中より酸素を得にくい環境です。ハスの葉柄や地下茎の中には「通気組織」と呼ばれる大きな空隙が連続しており、地上の葉と泥中の器官を結んでいます。研究では、葉の内部の気体圧が外気より高くなり、一本の葉の中でも流入側と流出側に分かれた通気が起こることが示されています。地下茎に穴が並んで見えるのも、この発達した通気系の一部です。
なお、食用の「れんこん」は根ではなく肥大した地下茎です。「蓮根」という名から根と思われがちですが、芽や節を持つ茎にあたります。
スイレンとの違い
ハスとスイレンは水面に大きな花を咲かせるため混同されますが、別の科の植物です。ハスの葉は切れ込みのない円形で、水面より上に立ち上がる葉も多く、花後には穴の並ぶ花托が目立ちます。一方、典型的なスイレンの葉には縁から中心へ向かう切れ込みがあり、多くは水面に浮かびます。外見が似ていても、分類上ハスはスイレンよりもスズカケノキやマカダミアに近い系統です。
ハスの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 和名 | ハス |
| 学名 | Nelumbo nucifera |
| 分類 | ハス科ハス属 |
| 生育環境 | 池、沼、湿地などの浅い水域 |
| 主な特徴 | 撥水性の高い葉、発熱する花、通気組織を持つ地下茎 |
| 利用 | 地下茎や種子の食用、観賞、宗教・文化上の象徴 |
まとめ
ハスの「不思議な力」は、魔法ではなく、異なる大きさの凹凸を持つ葉、熱を生む花、全身をつなぐ空気の通路という具体的な構造と働きから生まれます。水滴が転がる葉を見かけたら、その下の泥の中まで空気の道が続き、季節には花が発熱することも思い出してみてください。一株の中に、水辺で暮らすための複数の工夫が重なっています。
参考資料
- Barthlott, W. & Neinhuis, C. (1997), “Purity of the sacred lotus, or escape from contamination in biological surfaces,” Planta 202, 1–8.
- Seymour, R. S. & Schultze-Motel, P. (1996), “Thermoregulating lotus flowers,” Nature 383, 305.
- Dacey, J. W. H. (1987), “Knudsen-transitional flow and gas pressurization in leaves of Nelumbo,” Plant Physiology 85, 199–203.
- Royal Botanic Gardens, Kew, “Sacred lotus – Nelumbo nucifera.”

