
カラスの賢さは、難しい課題を解くことだけではありません。危険な人の顔を長く覚え、仲間の反応から危険を学び、状況に応じて物を利用する柔軟さにも表れます。ただし「カラス」は多くの種を含む呼び名です。顔の研究はアメリカガラス、精巧な道具の研究はニューカレドニアガラスなど、能力ごとに研究対象が異なります。すべてのカラスが同じ行動をするわけではない点を押さえながら、研究で確かめられた知恵を見ていきましょう。
危険な人の顔を覚え、反応を変える
米国ワシントン州で行われた実験では、研究者が特定の仮面を着けて野生のアメリカガラスを捕獲し、標識を付けて放しました。その後、同じ「危険な仮面」を着けた人が歩くと、捕獲を経験した個体は警戒の鳴き声を上げました。別の仮面との区別も見られたため、単に服装や場所へ反応しただけではなく、顔の特徴を危険と結び付けて学んだと考えられます。
別の脳画像研究では、捕獲時の顔と飼育時に世話をした人の顔を見せると、視覚情報の識別や記憶、恐怖学習などに関わる脳領域の活動が異なりました。これは人間と全く同じ方法で顔を認識する証明ではありませんが、見た目と過去の経験を結び付け、相手に応じて反応を変える仕組みを裏付けます。
危険情報は仲間や次の世代にも広がる
危険な仮面への警戒は、実際に捕獲された個体だけに限られませんでした。捕獲されていない個体が単独でも仮面を警戒し、親の反応を見た若鳥にも警戒が現れました。研究地の一つでは、5年間で警戒行動の頻度が倍増し、捕獲地点から少なくとも1.2キロ先まで広がっています。鳴き声や集団で相手を取り囲む行動を観察することで、直接危険な目に遭わなくても情報を得られると解釈されています。
ただし、直接捕獲された鳥のほうが危険な仮面と中立の仮面を正確に区別しました。仲間からの学習は安全で速い一方、得られる情報の精度には差があることも示唆されます。
道具を使うだけでなく、作る種もいる
ニューカレドニアガラスは、枝やタコノキの葉を加工し、穴にいる獲物を取り出す道具として使います。飼育実験では、短くて届かない部品をつないで長い道具を作る課題を8羽に与えたところ、4羽が二つの部品を組み合わせ、さらに1羽は三つ、四つの部品を組み合わせました。初めから全個体が成功したわけではなく、少数の鳥による特定条件下の結果ですが、役に立たない部品から機能する道具を構成できることを示しています。
水面に浮く餌を取る実験では、石を落として水位を上げる選択もできました。一方、管が隠れてつながる複雑な課題には失敗しています。「物理法則を人間のように理解した」と断定するより、物の性質を見分け、試行を通じて有効な選択を学べる一方、理解には限界もあると捉えるのが適切です。
日本で見られる車を使ったクルミ割り
仙台市のハシボソガラスでは、信号で止まった車の前にクルミを置き、車に割らせる一連の行動が報告されています。しかし、2016年に函館市で行われた調査では、車によるクルミ割りは確認されたものの、仙台で見られた効率的な「信号待ちの車の前に置く」方法は観察されませんでした。よく語られる行動も、種だけで決まる本能ではなく、地域の環境や個体の経験に左右されると分かります。
よくある誤解
「カラスは人の顔を一度見たら絶対に忘れない」?
研究が示したのは、強い捕獲経験と結び付いた特定の顔を数年間識別し得ることです。偶然すれ違った全員を永久に覚えると示したものではありません。また、顔以外の姿勢や動き、場所などの手掛かりも利用している可能性があります。
「カラスはどの種も道具作りが得意」?
精巧な道具製作で特に詳しく調べられているのはニューカレドニアガラスです。日本で身近なハシブトガラスやハシボソガラスにも学習能力はありますが、別種の実験結果をそのまま当てはめることはできません。
カラス類の基本情報
| 分類 | 鳥綱・スズメ目・カラス科(主にカラス属) |
|---|---|
| 日本で身近な種 | ハシブトガラス、ハシボソガラス |
| 食性 | 雑食。果実、種子、昆虫、小動物、人の食べ物など |
| 研究で示された能力の例 | 個体識別、長期記憶、社会学習、問題解決、道具使用 |
| 注意点 | 能力や行動には種差・地域差・個体差がある |
まとめ
カラスの知恵は、ひとつの万能な「知能指数」では測れません。危険な顔を経験と結び付けて覚える力、仲間から情報を得る力、物の性質を試しながら利用する力が、変化の大きい環境での暮らしを支えています。同時に、実験で成功しない課題もあり、得意な行動は種や地域によって異なります。カラスの賢さの核心は、何でも理解することではなく、観察と経験をもとに行動を柔軟に変えられる点にあると言えるでしょう。
参考資料
- Cornell, Marzluff & Pecoraro (2012), Social learning spreads knowledge about dangerous humans among American crows
- Marzluff et al. (2012), Brain imaging reveals neuronal circuitry underlying the crow’s perception of human faces
- von Bayern et al. (2018), Compound tool construction by New Caledonian crows
- Jelbert et al. (2014), Using the Aesop’s Fable Paradigm to Investigate Causal Understanding of Water Displacement by New Caledonian Crows
- 仁平義明(1995)「ハシボソガラスの自動車を利用したクルミ割り行動のバリエーション」
- 青山怜史・須藤翼(2019)「函館市におけるハシボソガラスによる自動車を利用したクルミ割り行動」

