箱のような体で、ひれを細かく動かすハコフグ。泳ぎの特徴は、速さよりも狭い場所での方向転換にあります。ただし「四角い体が自動的に姿勢を安定させる」と言い切ることはできません。体を囲む水流とひれがどう働くかは、異なる研究結果を生んできたテーマです。
この記事では日本で見られるハコフグ(Ostracion immaculatus)を紹介しながら、ハコフグ科の近縁種で調べられた泳ぎの仕組みと、その解釈の変遷をたどります。
硬い体の代わりに、ひれを動かす
ハコフグの体幹は、鱗が変化した六角形の骨板で覆われています。体を大きくしならせにくいため、ハコフグ科の魚はゆっくり進むときや曲がるときに胸びれ・背びれ・しりびれを使います。尾びれも加速や進路の制御に関わります。箱型の体だけでなく、動かせるひれとの組み合わせを見ることが大切です。[2][3][7]
2002年ごろ:渦が姿勢を戻すという説
Ian Bartol氏らは2002年の論文で、ハコフグ科の魚の模型を使った流れの可視化や圧力・力の測定を紹介しました。体の縁に沿って生じる渦が、傾いた体を元に戻す力を生むという考え方です。2003年の研究でも、スムーストランクフィッシュの模型で姿勢を補正する力が報告されました。[1]
しかし、進路から外れるたびに体が自動的に戻されるなら、急に曲がるにはその力に逆らう必要があります。安定した体と小回りのよさはどう両立するのか。この疑問が「ハコフグの遊泳パラドックス」です。
2015年以降:体全体とひれを分けて検証
Van Wassenbergh氏らの2015年の論文「Boxfish swimming paradox resolved」は、水槽実験と数値流体解析で再検証しました。対象はミナミハコフグ(O. cubicus)など2種です。模型に働く力を合計すると、上下や左右に向きを変えた体を、さらにその方向へ回す作用が見られました。渦の存在を否定したのではなく、渦による補正より頭部にかかる圧力の作用が上回ったのです。[2]
この不安定さは旋回を助けうる、と研究者は解釈しました。ただし、生きた魚が水流をどう利用するかまで、この実験だけで直接示したわけではありません。2020年のミナミハコフグの模型実験・解析では、尾びれの開き方や角度によって、進路を安定させる働きと方向転換を促す働きが変わることも示されました。[3]
さらに2022年、5種の体の模型を使った解析では、体の縁が横倒し方向の回転を抑える結果が得られました。「安定か不安定か」は回転方向によっても異なります。初期説と後の説のどちらかを絶対視せず、種・模型・運動方向を区別して読む必要があります。学術的な議論と検証が続いている分野であり、日本のハコフグでも同じ程度に働くとは断定できません。[4]
車の設計に使われたら、泳ぎの説も正しい?
2005年に登場したメルセデス・ベンツの「バイオニックカー」は、ハコフグ類の体形を設計の手本にしました。メーカー公式資料は空気抵抗係数Cdを0.19としています。また当時の別の公式発表では、車体の強さが最大40%増し、重量が約3分の2、燃料消費が通常の量産モデルより約20%少ないと紹介されています。[5][6]
これらはメーカーが示した車の設計・性能の説明です。魚の渦による安定化を証明する数字でも、魚が高速遊泳に優れる証拠でもありません。形を工学に応用することと、生き物の仕組みを解明することは、別々に確かめる必要があります。
ハコフグの基本情報
| 分類・学名 | フグ目ハコフグ科/Ostracion immaculatus。英名はBluespotted boxfish |
|---|---|
| 分布・環境 | 日本周辺などの西太平洋。国内では北海道から九州・屋久島にかけての沿岸に分布し、岩礁域などにすむ |
| 大きさ | 水族館資料では全長約30cm |
| 姿の変化 | 幼魚は黄色地に黒い斑点。成魚は蜂の巣状の模様があり、成長した雄は背側が青くなる |
| 食べ物 | 小型の甲殻類、ゴカイ類、貝類など |
| 毒 | 皮膚から粘液毒パフトキシンを分泌する。これとは別に、厚生労働省はパリトキシン様毒による中毒原因魚として挙げている。食用の安全性は断定できない |
まとめ:泳ぎを見るときは、ひれにも注目
ハコフグの泳ぎは、硬い体が受ける水の力と、ひれによる制御の組み合わせとして考えると理解しやすくなります。水族館や動画では、曲がる直前の尾びれの開きや、左右の胸びれの動きにも注目してみてください。ただし、見た目の動きだけで水中の力まで判断することはできません。
参考資料
- Bartol et al.(2002)Flow Patterns Around the Carapaces of Rigid-bodied, Multi-propulsor Boxfishes/同(2003)Hydrodynamic Stability of Swimming in Ostraciid Fishes
- Van Wassenbergh et al.(2015)Boxfish swimming paradox resolved
- Modulating yaw with an unstable rigid body and a course-stabilizing or steering caudal fin in the yellow boxfish(2020)
- Van Gorp et al.(2022)Keels of boxfish carapaces strongly improve stabilization against roll
- Mercedes-Benz公式:Mercedes-Benz Bionic Car al MoMa
- Mercedes-Benz公式(2005):Bionic CarのBrooklands走行に関する発表
- 市立しものせき水族館・海響館:ハコフグ
- 鳥羽水族館:ハコフグ/マリンピア日本海:ハコフグ/かごしま水族館:ハコフグ
- 厚生労働省:自然毒のリスクプロファイル:魚類:パリトキシン様毒
関連動画
体は四角いのに泳ぎ上手?ハコフグの隠された秘密

