「ネズミとヒトの遺伝子は85%同じ」と聞くと、体の設計図のほとんどが共通なのかと思うかもしれません。ただし、この数字には比較する範囲という条件があります。対象はハツカネズミ(Mus musculus)、研究ではマウスと呼ばれる動物です。ヒトとの共通点に加え、遺伝子の働きを実験で調べられることが、医学研究で使われる理由になっています。
「85%同じ」は、どの部分を比べた数字?
米国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)の解説「Why Mouse Matters」は、マウスとヒトのタンパク質コード領域の配列が平均85%一致すると説明しています。タンパク質を作る情報を持つDNAの部分を比べた値で、ゲノム全体の一致率ではありません。個々の遺伝子では約60〜99%と幅があります。[1]
同資料には、研究された約4,000個の遺伝子のうち、一方だけに見つかったものは10個未満ともあります。これは調べた集合についての説明であり、全遺伝子を対象とした現在の集計ではありません。ページの最終更新は2010年です。「対応する遺伝子があること」と「その配列が完全に一致すること」は、分けて考える必要があります。[1]
2002年のゲノム解読で、比較の土台ができた
2002年12月、国際研究チームはマウスゲノムの高品質なドラフト配列とヒトとの比較解析をNature誌に発表しました。主に使われたのは、実験用のC57BL/6J系統の雌です。DNAの並びを広く読めるようになり、個別の遺伝子だけでなく、染色体上の遺伝子の並び方や、種の間で保たれている領域を比較する基盤が整いました。[2]
ただし、これは当時のドラフト配列で、すべてを隙間なく読み終えたという発表ではありません。また、配列の似た場所を見つけることと、その場所が体内で何をするかを確かめることは別の作業です。後者を調べる方法の一つが、遺伝子の働きを変えたマウスの観察です。
遺伝子の働きを止めて、体の変化を調べる
ノックアウトマウスは、特定の遺伝子を働かなくした実験用マウスです。通常のマウスと比べて何が変わるかを調べると、その遺伝子の役割を知る手掛かりになります。NHGRIは、がん、肥満、糖尿病などの研究での利用を紹介しています。[3]
例として、腫瘍の発生を抑える働きに関わるp53遺伝子があります。その働きを失ったマウスを調べることで、がんとの関係を研究できます。一方、NHGRIによると、p53を働かなくしたマウスと、対応する遺伝子に異常があるヒトでは、腫瘍ができる組織の傾向が異なります。マウスで観察された結果は、その条件でのマウスについての証拠であり、ヒトでも同じ病気や治療効果が生じるという結論には直結しません。[3]
野生のハツカネズミと実験用マウスの違い
研究で使うマウスには、交配を管理して遺伝的な背景をそろえた「近交系」があります。Jackson Laboratoryの解説では、兄妹などの交配を少なくとも20世代続けて作られ、同じ系統内の遺伝的なばらつきが小さいことが特徴です。比較条件をそろえやすくなりますが、一つの系統の結果だけで多様な個体すべてを代表できるとは限りません。[4]
繁殖の速さも研究を支えます。ハツカネズミは一般に生後5〜7週で性成熟し、妊娠期間は19〜21日です。なお、性成熟は繁殖できる体になることを指し、「生後5〜7週で出産する」という意味ではありません。[5]
ハツカネズミの基本情報
| 学名・英名 | Mus musculus/house mouse |
|---|---|
| 分類 | ネズミ目・ネズミ科・ハツカネズミ属 |
| 分布・生息地 | 人間の移動に伴い世界へ拡大。家屋や倉庫のほか、耕作地などにも生息 |
| 食性・行動 | 種子、植物、昆虫などを食べる雑食性。主に夜行性 |
| 繁殖 | 1回3〜12匹、通常5〜6匹。条件がよければ年5〜10回出産 |
| 保全状況 | IUCN:低懸念(LC) |
まとめ
85%という数字を読む鍵は、何を比べたかです。マウス研究の強みは、ヒトと共通する遺伝子について、生きた体で働きを調べられる点にあります。種や系統による違いも確かめながら、ヒトの体を理解する手掛かりを積み重ねています。
参考資料
- NHGRI:Why Mouse Matters(最終更新2010年7月23日)
- Mouse Genome Sequencing Consortium(2002)Initial sequencing and comparative analysis of the mouse genome.Nature 420, 520–562.DOI: 10.1038/nature01262
- NHGRI:Knockout Mice Fact Sheet
- Mouse Genome Informatics/The Jackson Laboratory:Introduction to Mouse Genetics
- Animal Diversity Web/University of Michigan:Mus musculus
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