ウマのそばに立つと、こちらを向いていないのに気づかれることがあります。顔の側面に目があるウマは、水平の視野が約350度に達するとされます。ただし、ほぼ一周が見えることと、そのすべてを同じ細かさで、立体的に見られることは別です。目の位置に加え、網膜の細胞の並び方にも、周囲を広く見渡す仕組みがあります。[1]
広く見渡す目と、正面で重なる視野
左右の目が別々の方向を捉えることで、ウマは横や斜め後ろまで見渡せます。一方、両目の視野が重なる「両眼視」の範囲は正面の約65度とされ、資料によっては65〜80度という幅があります。左右の像のずれは、奥行きを判断する立体視の手がかりになります。広い見張りの範囲と、両目で同じ対象を見る範囲の配分が、人間とは異なるのです。[2][3]
350度から65度を引いた約285度は、左右を合わせた「片目だけで見る範囲」の目安です。片目の視野全体は約200〜210度とされますが、こちらには両眼で重なる部分も含まれます。異なる資料の概数なので、厳密な足し算として扱わないことが大切です。[3]
鼻先のすぐ前やその下、頭・胴体の真後ろには死角があります。頭の向きや高さによって、見える方向も変わります。広い視野は捕食者を早く見つけるのに有利な適応と考えられますが、いつでも全方向が見えるわけではありません。[2][1]
研究紹介:網膜にある横長の「視覚条」
眼球の奥の網膜には、視覚情報を脳へ送る神経節細胞があります。ウマでは、その密度が高い横長の帯「視覚条(visual streak)」が知られています。横方向に細胞が集まる配置は、地平線に沿った情報を広く捉えるのに適していると解釈されています。これは目の位置による視野の広さとは別の、網膜内の特徴です。[5][2]
GuoとSugitaによる2000年の研究では、サラブレッドの網膜を染色し、4枚の標本で細胞の分布を調べました。視覚条では最大約4,000細胞/mm²が確認されています。直接示されたのは細胞の位置と密度であり、「遠くの敵を何メートル先から発見できるか」を測った実験ではありません。[4]
また、EvansとMcGreevyの2005年の学会報告は、複数品種の30頭を調べ、鼻面の長さと視覚条の神経節細胞密度に強い正の相関を報告しました。スタンダードブレッド、サラブレッド、アラブ種などの比較から、頭の形と網膜の構造との関係が示唆されます。ただし相関は因果関係の証明ではなく、細胞密度からの視力推定も、行動実験で測った成績とは区別する必要があります。「鼻が長い品種ほど何でもよく見える」とは結論できません。[5]
「立体視が狭い=距離がわからない」ではない
人間のように目が正面にある動物と比べ、ウマでは両眼視が占める範囲が小さくなります。しかし、その範囲の狭さだけで距離判断の能力全体は決まりません。TimneyとKeilの1999年の実験では、ウマは片目でも奥行きの違いを判別し、両目ではさらに小さな違いを見分けました。左右の像のずれを使う立体視も、行動実験で支持されています。[6]
つまり、「見える範囲」「細部の見分けやすさ」「奥行きの判断」は分けて考える必要があります。牧場でウマが対象へ顔を向けたり、頭を上げたりする様子を見たら、視野のどこで捉え直しているのか、という視点で観察すると理解が深まります。頭の動きは見える方向を調節する助けになります。[1]
ウマの基本情報と視覚の目安
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 動物名・英名 | ウマ・horse |
| 学名 | Equus caballus |
| 水平の視野 | 約350度 |
| 正面の両眼視 | 約65度(65〜80度とする資料もある) |
| 主な死角 | 鼻先のすぐ前・下、頭や胴体の真後ろ |
| 網膜の特徴 | 神経節細胞が高密度に並ぶ横長の視覚条 |
まとめ
ウマの視覚は、側面の目による広い視野と、横長の視覚条、正面の両眼視を組み合わせたものです。約350度という数字だけでなく、場所によって見え方が違うことまで知ると、ウマが周囲を確かめるしぐさも読み取りやすくなります。
参考資料
- UC Davis:Equine Vision and Performance
- Cornell University:Assessment of vision and common eye problems in horses
- Iowa State University:Vision in the Equine
- Guo・Sugita(2000):Topography of Ganglion Cells in the Retina of the Horse
- Evans・McGreevy(2005):Breed differences in equine retinae(学会報告集、冊子56〜66頁)
- Timney・Keil(1999):Local and global stereopsis in the horse

